児童養護施設 愛児の家

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愛児の家 施設紹介

児童養護施設 愛児の家は、東京都中野区鷲宮に所在する児童福祉法に基づく児童養護施設です。
家庭環境に恵まれない子どもたちを養護・育成する愛児の家では、一貫性を持った家庭的処遇を方針として掲げ、健全な育成に努めています。

愛児の家 概要

名称児童養護施設 愛児の家(社会福祉法人 愛児の家)
所在地東京都中野区鷺宮3丁目2番13号
設立年月昭和20年11月1日

愛児の家 公式サイト

http://www.aijinoie.jp/

愛児の家 公式SNS

愛児の家 指導目標

子どもの自立支援に向けて(子どもの自立性をそだてる)

愛児の家では、子どもの自主性の涵養の土壌は情緒安定にあり、その基盤は基本的生活習慣の確立にあると考えています。
そのために、職員は躾の徹底に全責任を持ち、できるだけ肌理こまかい処遇を実施しています。
また、子どもの自主性を育てる職員の心構えとしては、自主性と放任の違いに留意して、まずは職員(大人)が自主的な人間であることや、不言実行を身をもって模範を示すことが肝要であるとしています。

  • 生活指導
  • 行事指導
  • 作業指導
  • クラブ・同好会活動
  • 反省会

ピックアップ企業

代表者 石綿 徳太郎

園長

愛児の家 沿革

(引用元 http://www.aijinoie.jp/history.html

・昭和20年11月1日
東京の焼け跡にはクズ紙のように見捨てられた、かわいそうな戦災孤児が大勢おりました。前理事長は戦災孤児救護婦人同志会を結成し、自宅を開放、私財のいっさいを投げ出しての孤児救護活動にのりだしたのです。
それ以前にも前理事長は支那事変から太平洋戦争にかけて、出征軍人の留守家庭や遺族の慰問、傷病兵の見舞などを積極的に行いましたが、終戦と共に、孤児救護に全力を注ぎ始めたのです。この”戦災孤児救護婦人同志会”が”愛児の家”の前身であった訳です。

・昭和22年5月20日
当時「少年の町」の建設者として世界的に有名であったアメリカの故フラナガン神父が来訪されました。

・昭和23年1月1日
児童福祉法の施行により、養護施設としての戦災孤児以外の子供たちも収容する体制になりました。この頃から現在の”愛児の家”の建設期が始まり、内外の人々の来訪も増加し、赤い羽根募金の配布をはじめ、米海軍人とのふれ合いは、現在もなお、年1回のアメリカン・スクール1日入学などの行事として残っております。

・昭和27年12月26日
厚生大臣認可の社会福祉法人としての組織となり、その運営方針も改められ、現在の”愛児の家”に至ったのです。

・昭和28年
CCF(基督教児童福祉会)はキリスト教としての組織でない”愛児の家”をキリストの精神と何ら変わるところがないという見解で特別加盟を認め、米国スポンサーから送られた援助金を”愛児の家”に寄附、この援助は当時の”愛児の家”にとって貴重な慈雨となりました。

・昭和31年10月20日
愛児の家の近くの西武線都立家政駅前の無人踏切に遮断機が新設され”愛児の家”の子供たちの努力と熱意が近所の人たちに賞賛されました。この遮断機新設には”愛児の家”の子供たちの7年間に及ぶ自発的な踏切り番と、ある少女の事故死による遮断機新設のための子供たちによる署名運動が大きな力となったのです。

・昭和36年8月17日
社会人として各職場に働く愛児の家の卒業生が、朝日ニュース社のテレビで「戦後16年間をりっぱに生きぬいた戦災孤児」として紹介されました。

・昭和39年1月
東京都共同募金会の企画により、前理事長と子供たちの日々の生活が「ここにママさんがいる」というタイトルで映画1巻におさめられました。

・昭和40年10月
お年玉つき郵便葉書寄附金で、浴室、洗面所、学習室が増改築されました。

・昭和41年12月
老朽民間社会福祉施設設備補助金、並びに年金福祉事業団、東社協からの借入金で旧施設の主屋を解体し、鉄筋コンクリート2階建の現在の施設になりました。

・昭和42年10月
借入金返還のための第1回バザーが開かれました。

・昭和48年10月
庭に2階建静養室が増築されました。

・昭和49年7月
“援助の手は最も必要とする国々へ”というCCF本部の方針に賛同し、20余年に亘るCCFの援助を辞退しました。

・昭和51年7月1日
広報誌「ぴりぴりぽー」が創刊されました。

・昭和54年4月1日
高校生の漸増に併い、生活空間が狭くなったため、定員を50名から40名に削減しました。

・昭和54年8月25日
東京都社会福祉振興財団からの借入金と東京都共同募金会よりの特別配分金で宿願の屋上のフェンス工事が完成し、永いこと禁止されていた球技が自由に出来るようになりました。

・昭和55年9月~56年2月
愛児の家をモデルにTBSドラマ「一人来い、二人来い、みんな来い」が製作され、毎火曜夜に放映されました。

・昭和55年10月1日
前理事長、名誉都民に選ばれました。

・昭和57年8月
PHP研究所より久保 喬作、『千人の孤児とともに』が発行されました。

・昭和58年4月1日
2代目園長に神戸澄雄氏が就任しました。

・昭和60年4月28日
“愛児の家40周年とママの米寿を祝う会”が開催され、記念誌を発行しました。

・昭和61年3月2日
雛まつりに横田基地内イーストスクールの生徒・PTAを招待しました。(以後恒例行事)

・昭和61年8月
国及び都よりの補助金と社会福祉振興財団よりの借入金で大規模補修を行いました。

・平成元年4月1日
定員36名に変更しました。

・平成元年4月22日
ママ逝去。享年92。

・平成元年4月23日
神戸澄雄園長が理事長を兼任しました。

・平成2年10月2日
理事6名、監事2名に定款変更しました。

・平成4年10月
若乃花・貴乃花両関取より稽古用土俵が寄贈されました。

・平成6年2月23日
横綱貴乃花関より初場所優勝の副賞、いすずビックホーン「貴1号」が寄贈されました。

・平成8年11月15日
「ララ(LARA)50年記念感謝の集い」に招かれた関係13団体の代表19名が、ゆかりの施設として来訪し、心から歓迎しました。

・平成9年7月28日
金田海岸海水浴キャンプにかわり、全員民宿へ分宿しての大浦海岸海水浴がスタートしました。

・平成10年5月20日
産経新聞「続東京のアメリカ-横田基地とともに」にイースト・エレメンタリー・スクールとの交流が掲載されました。

・平成12年5月25日
東京写真材料商業協組よりベルマークの最終贈呈式。累計202万点に及びました。

・平成13年10月27日~28日
名物のバザーが諸般の事情で35回をもって幕を下ろしました。

・平成14年10月26日
バザー協力者への”感謝の集い”開催。『愛児の家バザー35年誌』を発行しました。

・平成15年9月30日
風呂釜のガス化に伴い、伝統的な薪割作業に終止符をうちました。

・平成16年10月21日
福祉サービス第三者評価を受審(第一回目)しました。

・平成17年4月1日
家庭支援専門相談員(FSW)が配置されました。

・平成18年12月4日
昭和38年(1963)赴任以来、横田東小学校初代校長ジミー先生転任のあとを引きつぎ、物心両面の亘る支援を賜ったミス・メンデル先生が病没。享年76。平成19年2月10日の追悼式に全員参列しました。平成19年8月1日。横田東小学校がメンデル先生を顕彰してジョン・K・メンデル小学校と校名が変わりました。

・平成23年3月
ホールと食堂の壁がスライディングウォールになり、使い勝手がとてもよくなりました。

・平成23年10月27日~平成24年2月12日
ママの故郷の酒田市松山文化伝承館企画”松山の人物展”にママがとりあげられました。

・平成24年4月1日
心理療法担当職員が配置されました。3代目園長に石綿徳太郎が就任しました。長い間理事長・園長を兼任していた神戸前園長は、理事長専任となりました。

・平成25年3月
社会福祉施設等耐震化促進事業補助金による耐震改修工事完了。これにより昭和25年築の大谷石の石倉(お蔵)が姿を消しました。

・平成26年2月
都立家政商店街・ゆるキャラ「かせいチャン」弁財天像が玄関前花壇に設置されました。

・平成26年8月12日
愛児の家が取材に協力した、石井光太著『浮浪児1945-戦争が生んだ子供たち』が新潮社より発行されました。

・平成27年2月28日~
戦後70年特集で地方紙に石綿主任の記事が共同通信社より発信されました。

・平成27年8月15日
卒園生・石綿主任が取材協力した戦後70年・再現ドラマ「戦後ゼロ年」がNHK BS11で放映されました。

・平成27年11月3日
〝愛児の家創立70周年お祝いの会″が愛児の家で開催され『愛児の家70周年誌 それからの30年』を発行しました。

・平成27年11月29日
読売新聞が石綿主任を取材した戦後70年特集記事が掲載され、後日、The Japan News by The Yomiuri Shinbunに英文が掲載されました。

愛児の家での1日の過ごし方

7時:起床(洗顔・掃除)※日曜祝日の起床は8時
7時30分:朝食※日曜は8時30分~「わが家の守り」、8時45分 朝食
8時~8時10分:登校
8時45分~9時:登園(鷲宮学園幼稚園)
9時30分:職員の朝の集まり
12時:昼食
15時:おやつ
17時10分:外出帰宅
17時15分:配膳(当番)
17時45分:掃除
18時:夕食
20時~21時:中学生学習時間
21時:小学生就寝、中高生夜食
22時:中学生就寝
23時:高校生就寝